多くの男の子がそうであるように、僕も何もかもを父から教わりました。
僕の一番古い記憶のいくつかは、父のYZ250のガソリンタンクにまたがって砂漠を駆け抜けたこと、父のポルシェ911で曲がりくねった道を猛スピードで駆け上がったこと、そして父がフライロッドで次々と魚を釣り上げるのを眺めていたことです。僕にとって父は世界で一番かっこいい人でした。何をやってもうまくこなしているように見えて、ものすごく幼いころから父のようになりたいと思っていたのを覚えています。
4歳の誕生日には、父と一緒にアリゾナの砂漠を走れるようにとダートバイクをもらいました。そして1989年のある夏の夕方、スピニングロッドでのウキ釣りに飽きて、たぶんかんしゃくを起こしていた僕に、父はフライフィッシングを教えてくれたのです。ホワイトマウンテンズでライズするレインボートラウトやブラウントラウトにパラシュート・アダムスを投げたあの夜から、父と僕はできる限りフェニックスの砂漠を抜け出して山へ向かい、一緒にトラウトを釣りに出かけました。それは、僕の18歳の誕生日の直後に父ががんで亡くなる日まで続きました。一緒にやった数えきれないほどのほかのことと比べても、釣りを通じたつながりは特別なものでした。釣りを通して父が教えてくれたのは、忍耐、自然やほかの文化、ほかの人々、そして自分自身を愛し敬うことの大切さ、そして父が何より大切にしていたように見えたもの──魚のことでした。
一緒に行ったたくさんの釣り場の中でも、父がとびきり気に入っていた場所がひとつありました。アリゾナ州のリーズフェリーです。パリア川とコロラド川の合流点を見下ろし、背後には巨大なバーミリオン・クリフ、川の両側には切り立った赤い岩壁がそびえるリーズフェリーのキャンプ場には、数えきれないほどの思い出があります。夏の猛烈な暑さで汗だくになって目覚めたり、冬の砂漠の厳しい寒さにカチコチに凍えたりしながら、太陽が峡谷の壁の上から顔を出して水面を照らし、たいていは釣りにも火をつける、その前に川へ出るのでした。特別な旅ではボートを借り、悪名高い「プロップバー(スクリューを傷める浅瀬)」のことをすぐに学びました。そしてダムまでボートで上り、峡谷がどれほど深いか、グレンキャニオン・ダムがどれほど巨大な構造物かを肌で感じたものです。
僕にとって父は世界で一番かっこいい人でした。
川を上るたびに、父は何百年もこの地に暮らしてきたネイティブアメリカンの部族の話をしてくれました。僕たち白人がやって来て、彼らに生き方を押しつけ、土地を奪い、「社会をより良くするため」と称して搾取してきたこと。ここは「彼ら」の土地であり、僕たちはただの訪問者にすぎないのだから、人々と土地にはひたすら敬意を払うようにと、父は教えてくれました。峡谷を上りながら、この地のディネ(ナバホ)の人々がどれほどコロラド川の水を大切にし、1600年代から峡谷の壁の内側で暮らしてきたのかを話してくれました。水の力、そして峡谷そのものに対する彼らの信仰や、峡谷が彼らにとってどれほど神聖な場所なのかについても。父は伝統的な意味で信心深い人ではありませんでしたが、リーズフェリーは父にとっても神聖な場所でした。そこにいると、ただ「しっくりくる」のだと、いつも僕に話していたように思います。
2000年に父ががんで亡くなったとき、家族は、父が一番好きだった場所、ただ「しっくりくる」場所、魂が安らげる場所──リーズフェリーのコロラド川──に還るまで、父は本当の意味で安らかに眠れないだろうとわかっていました。岸辺に父の遺灰を撒いたことは決して忘れません。灰が流れに乗って下流へと運ばれていくのを見つめていました。その日、僕たちが大地に還していたのは単なる物理的な灰ではなく、むしろ父の魂を「父の」場所へと還していたのだと、心の中で思ったのを覚えています。今に至るまで、あれほどつらく、それでいてあれほど穏やかな気持ちになったことはありません。僕は父を失っただけでなく、ヒーローを、師を、親友を失いました。でも、父の遺灰を地球上で一番好きだった場所に還したことで、なぜかすべてが大丈夫だと思えたのです。父はそこで幸せだとわかっていました。そして僕にとってもっと大切なのは、父に会いに行きたくなったときには、いつでも父がそこにいてくれるとわかっていたことです。
岸辺に父の遺灰を撒いたことは決して忘れません。
父が亡くなってから、再びフライロッドを手に取るまでに10年ほど、リーズフェリーに戻れると思えるまでに12年ほどかかりました。父を大地に還したあの日を思い出すのが怖かったわけではありません。もし戻ったら、あの川の記憶や、父とそこで過ごした思い出が変わってしまうのではないかと怖かったのです。ありがたいことに、今では、それらの思い出を失うことは決してないとわかっています。忘れようがないほど、脳に深く刻み込まれているのです。そしてそれ以来、父の特別な場所を何人かの親友たちと分かち合い、つい最近ではホリデーの帰省の際に恋人とも分かち合うことで、思い出はさらに増えていきました。
クリスマスに、僕は恋人のKaylaにグランドキャニオン旅行をサプライズでプレゼントしました。母の協力も得て、すべて計画済みです。クリスマスの翌日に車で北へ向かい、1日かけてグランドキャニオンのサウスリム周辺を観光し、その雄大さを存分に味わう。そして最後にリーズフェリーで1日を締めくくる。Lee's Ferry Anglersでジェットボートを、Cliff Dwellersロッジで部屋を予約し、翌日はグランドキャニオンの中で過ごす計画でした。これはKaylaへの贈り物であると同時に、自分への贈り物でもありました。グランドキャニオンを見ることや、川で何尾か魚を釣ることよりも、僕の心にとってかけがえのない場所をKaylaと分かち合えることにワクワクしていたのです。父と一緒に釣ったランを見せ、父の話や思い出を語り、岸辺でキャンプした場所を案内し、あの場所がなぜ本当に特別なのかを彼女自身の目で確かめてもらうことができました。あの峡谷の中にいる感覚は、本当に言葉では表せません。広大な景色や明るい空、赤い岩壁とのコントラスト以上の、ひとつの感覚なのです。ただ、しっくりくるのです。
もちろん、峡谷で過ごしたその日には何尾か魚も釣れました。新しいHydrogenトラウトスペイロッドを試すことができ、8歳のころに魚を釣った記憶のあるランでフライをスイングさせることもできました。Kaylaには、あそこではすごーーーく長くて自然なドリフトがどれほど大切か、そして、あそこの魚はトラウトの世界では小ぶりだけれど、倍のサイズの魚のように引くことを少し教えてあげました。でも、何より大切だったのは、再び父と一緒に釣りができたこと、そして愛する女性を父に紹介できたことです。
リーズフェリーに戻るたびに、僕は父の存在を感じてきました。これまで釣ってきたどんな場所とも、毎週のように釣りに行ける場所とも違って、父があのころ何度も口にしていた、あそこにいると「しっくりくる」という言葉の意味が今ならわかります。父が教えてくれたすべてのこと、そしてこの世界のあらゆる楽しいことを見せてくれたことに感謝しています。でも何よりも、年を重ねるにつれて、あんなに素晴らしい場所で父とたくさんの時間を過ごせたことがどれほど恵まれていたかを、ますます実感するようになりました。そして、この先地球で過ごす日々のあいだずっと、父に会いに行ける場所──リーズフェリー──がいつでもあるのだということも。






















原文:Saying Hi to Dad(KC Badger/REDINGTON・Far Bank Enterprises、2017年3月23日)
写真:REDINGTON・Far Bank Enterprises
日本語訳:Fly Fishing Outfitters WALTON

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